迷える仔羊

「俺はこの子のことが好きなんです。先輩方がもし俺のことを想ってくれるなら、俺が彼女と居る幸せを見守っていてもらえませんか?」

一流役者でも歯の浮いてしまいそうなセリフを、東雲はサラリと口にした。


き…キザ~…

よくそんなこと言えるわ…

聞いてるこっちが恥ずかしいし…


あたしは思わずポカンと口を開けてしまった。

先輩たちも真っ赤な顔で、目が点になっている。


数秒してハッと我にかえっていたものの、この上手な言い回しに、もちろん反論できるはずもなく。

押し黙ったまま何も言わなくなってしまった。


「行こう。」


場を制した東雲が、言葉を失った先輩たちの前を、あたしの手を引いて通りすぎる。

すれ違いざまに見た、俯いた彼女たちの目は真っ赤で、少し潤んでいた。








「ちょっと。」


2年の教室から離れて、あたしは言葉を放つ。


「手、いつまでコレなわけ?」


あたしは掴まれたままの手をぶんぶん振った。

さも今気づいたかのように、ああ、と東雲は言った。


「んー、今日1日?」

「はあ?」


「だって葉月ちゃん、危なっかしいし?」


な…!!あたしのどこがよ!!


と、言おうとしたのがわかったのか、東雲はニヤリと笑った。


「さっきだって先輩たちに噛み付きそうだったでしょ。」


「噛み…っ!?」


あ…あれは…


「…あいつらが、勝手なことばかり言ってくるし、あんたのことモノ扱いしたからだ。東雲はヒトだってのにさ。」


みんなのモノなんておかしい。コイツにだって意思はあるし、選ぶ権利もあるはずだ。


何も反応がないのに恥ずかしくなって東雲を見ると、彼は少し驚いた顔をして、それからふっと微笑んだ。


「へぇ…そんなこと思ってたんだ?」


向けられた視線から、なんだかからかわれた気がして、あたしは膨れた。


「すいませんねっ!今後はちゃんと大人しくしてますから!!」


プイと顔を背けて、あたしは早足で歩いた。




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