迷える仔羊
視線を移すと、購買のおばちゃんが目をハートにして東雲を見ている。
あらまー。
「えっと…アップルパイとデラックスオムそばパンください」
「あとコロッケドッグとメロンパンといちごデニッシュとチョコクロワッサンも」
「はいはーい!ちょっと待っててねー!」
おばちゃんは機嫌よくケースからパンを選び取っていく。
「便乗して頼むなんて…呆れたものね。自分もちゃんと並びなさいよ」
「大丈夫、彼女が彼氏と一緒に買うことに誰も文句言わないよ」
チッ、ここで仮彼氏の特権使うのか。
まったく面倒くさいこと引き受けたわね、あたし。
「はい、おまたせしました」
満面の笑みで、おばちゃんが袋を差し出した。
それを受け取って、あたしは自分の肩に置かれた東雲の手をはずす。
そのまま中庭へ出る扉を開けて、振り向きざまに言った。
「今日は奈緒と食べるから」
そして、あんたはあそこでずーっとあたしを睨んでる彼女たちと食べなさい、と目で付け足す。
やれやれ、といった顔でこっちを見ていたけど、あたしの方が『やれやれ』だよ。
あんたとさっき最初に目が合ったときから、取り巻きの女の子たちだけじゃなく、購買に並んでる女の子たちの視線も痛かったんだから。
やっと解放された、とため息をついたその時。
「った…!!」
ぐん、と髪の毛が引っ張られた。
振り返ると、中庭の通路際に立っているツバキの葉の間から、ところどころ成長した雑草が伸びていて、そのひとつに髪が絡まっていたのだ。
ちょっとちょっとー
ちゃんとお手入れしておいてくれないかなぁ…
あたしは雑草をプチリと手で断って、絡まった髪をほどきながら、進行方向へ向いた。
「葉月……!!!!」
え?
名前を叫ばれて、背中に衝撃を感じて、物が割れる大きな音がして…
気付いたら、また東雲に抱きしめられていて、今度は仰向けになっていた。
ちょ……
なに…今の…?