HEMLOCK‐ヘムロック‐番外編
 店の終了の1時になると、俺は外まで樒を送った。


「今日は楽しかったよ昴!」


 いつの間にか樒は俺を呼び捨てで呼ぶようになっている。


「俺も! キミが指名してくれて、すげぇ嬉しい」

「ねぇ、今度同伴しよ? どっかでデートでもしてさ」

「まじ? いつでもいいよ!! 連絡してよ」


 その頃はもう引っ越し業者は辞めていたので、問題なかった。同伴なら特別手当金が出る。

全く俺にとって良い方向に進んでいる。


「ね、私、昴の欲しいモノなんでもあげるからさ……、色カノにして」

「え?」


 色カノとは色恋営業――ホストと客がまるで恋人関係にあるような接客の種類で、その対象の事を言う。あくまで“ごっこ”であるが。

 また、枕営業は客と寝る事で金を稼ぐ接客法だ。


 ウチは枕は禁止されていたが、色恋は禁止されてはいない。

とは言え、俺はかなり躊躇した。
俺はまだホストとしてそこまで割り切れてない。


「……俺――」



 言いかけた所で樒にキスで続きを封じられた。

気付いた時にはもう、樒のマスカラでコーティングされた睫毛が眼前にあったのだ。
俺は目を閉じる事も出来ず、馬鹿みたいに突っ立っていた。




「また連絡するね」


 樒は迎えの車に乗り込んで去っていった。
彼女もまた、キャバ嬢かお金持ちの娘なのだろか……?

きっと後者だろう。


 そう考えながら無意識に手の甲で口を拭いていた。



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