不協和音


「じゃあ、田中さんって呼んでもらおうかな」

そう言われたのは、今から5時間も前のこと。
あのときの顔は、今でも頭に焼きついている。あの笑顔は何だ。今まで見た笑顔の中で、まったく違う笑顔。今まで見たと言っても、私はあの男、基、田中さんと今日を含めて6回しかあったことがないのだ。だから、確かなことなんて言えないけど、いつもの作られたような不愉快な笑顔とは違って、素の笑顔のような気がした。まあ、唯そう思っただけだけど。

「どうした、箸進んでねえよ?」
「・・・あ、直樹君。ちょっと考え事してて」
「そ?具合悪いのかと思った」

ふう、と軽く息を吐いて安堵の表情を見せる直樹君。それを見たら、自分は心配されていたのかと、少し申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちになる。相手に想われるのは、悪い気はしない。それに、それが好きな相手なら、尚更。
私は、先程の田中さんのことはすっかり忘れて、直樹君とのお昼を楽しんだ。


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