不協和音
「あー、笑った。笑うと疲れるね」
「・・・そうですか。それでは」
ようやく青年が笑い終わり、涙を拭いながらこちらを見る。だけど、これ以上此処に居たら、何だか青年のペースに引き込まれて行きそうで怖かったから、そそくさと別れを告げる。そして早足に店を出る。
否、出ようとした。
「待ってよ」
左手首に圧迫感があり、握られていると分かった。そして、真後ろで青年の声がしていることから、青年が握っているらしい。待て、という言葉から、見たなら何か買えと言うことなのか。それとも、このアオキという花か。というか、これは花なのか。いや、花言葉があるなら、花かな。
ぎこちない動きで後ろを振り返ると、先程とは違う、貼り付けたような笑みを浮かべている青年。一見、爽やかそうに見えるが、どこか裏がありそうな顔だ。
「名前、教えて」
もはや語尾にクエスチョンマークがついていない。『教えてくれない?』とかじゃなくて、『教えろ』の類いだ。この人、なんか怖いな。腹黒そう。いやいや、でも、癖とかでそう言ってしまったかもしれない。時々、そんな意味で言ったんじゃなかったのに、っていう勘違いとかもあるし。ああ、でも、この青年はそんな人間じゃなさそうだ。じゃあ、前者ということか。
「人に訊くときは、自分から」
「よく言うよね、漫画とかでも。まあ、良いよ、常識らしいしね。俺は、田中広樹。旬な23歳だよ」
「自分で言いますか、旬とか。・・・私は、中村沙也です」