両手でも足りない
この自転車だって、あの頃からずっと愛用しているし、そのせいかたまにギシギシ鳴る。あたしが乗ってるせいで壊れるんじゃないかと不安にもなる。

無邪気で笑い転げていた毎日が、今じゃ夢だったかのような気さえしてくる。


どうしてあたしを乗せて、どこに向かってるのか。疑問だらけでも、あたしはそれだけのことで胸がいっぱいだった。


徐々に見えてくる懐かしい風景に、寒いとかお尻が痛いとか吹っ飛んでしまいそうになる。


荒々しい波がテトラポットに打ちつける。

綺麗なコバルトブルーとは呼べない春の海。


キーっとブレーキのかかる音。風の抵抗が緩んで自転車が止まる。


「懐かしいー…」

地平線のずっと奥を見ながら、あたしはポツリと声を漏らした。


「あんだけ毎日来て、中学入ってから来なくなったんだから、そりゃ懐かしいだろ」

そう言って海斗は、ひょいっと身軽に堤防へ上る。


ここに毎日遊びに来て、走り回ったり、この堤防にチョークで落書きしたり、ちょっと行った先の砂浜で夏はアイスを食べて、泳ぎ疲れたら砂に埋もれて、寒くなったらカイロ持参で。

暑くても寒くても自転車が乗れる間は、ほんとに毎日のようにみんなで訪れていた。
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