甘味処[斬殺]
状況が状況なだけに、この場は全員騙されてくれたらしかった。
鉄人は群衆の中から気の弱そうな青年に目をつけて、救急車を呼ぶように指示した。青年が慌てて電話する間に、鉄人は応急処置を行う。大した道具も無いので大した事は出来ないが、どうにか出血を減らす事だけは出来た。
後は救急車を待つばかりとなり、鉄人は犯人の方に顔を向ける。犯人は、棗にしがみついて震えていた。

「祐樹、大丈夫だ。鉄人がなんとかしてくれる。大丈夫だから」

優しく背中をさすってやりながら、棗は戸惑っていた。祐樹が人を殺すのを実際に見たことはなかったが、慣れているものとばかり思っていたからだ。今、自分にすがってぶるぶる震えて小さく小さくなっている祐樹は、とてもそのようには見えない。

「…さい」

「え?」

祐樹が何か呟いているのに棗は気付いた。頭を少し下げると、それがはっきりと聞こえてきた。

「…ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…ッ」

祐樹は謝っていた。顔を棗の服に押し付けて隠し、くぐもった声で。何度も何度も、謝っていた。

「…祐樹?」

棗が呼ぶと祐樹は顔を上げた。ぼろぼろと溢れる涙を止めようともせず、棗をしっかりと見つめて言った。

「なっちゃんには、こんなの見せたくなかった。てっちゃんにも。なのに」

祐樹は膝を折ってその場にへたり込んだ。涙は止めどなく溢れている。

「祐樹、大丈夫だよ」

祐樹の目線に合わせるようにして屈み、棗はその両手を強く握りしめた。祐樹の涙は止まらない。

「なっちゃん、僕のこと嫌いになった?てっちゃんにも嫌われちゃうかな?やだよ、なっちゃん。僕、なっちゃんとてっちゃんのこと、好きなのに」

「大丈夫。落ち着け、祐樹」

「なっちゃん、僕のこと好きって言って?お願いだから。ねぇ、お願い。なっちゃん、好きって。なっちゃん」

涙と同様溢れるに任せて、言葉が次々と祐樹の口から紡がれる。棗は祐樹の背中に手を回して抱きしめ、その耳元で言った。

「祐樹、あたしは祐樹のこと大好きだ。ずっと祐樹と一緒にいるよ」

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