天国の丘
どう答えていいか判らない僕は、とにかく彼女の話しに耳を傾けるしかなかった。
「向こうに行けば、多分そんなにすぐには帰って来れないと思う。
それで、日本を離れる前にやり残した事を無いようにしたいと思って……」
「それがT・Jのライヴ?」
「うん。他にも幾つか理由はあるけど、今の私にはこの事が一番なの」
「アメリカに行きたいと思ったのは、T・Jと出会ったから?」
「ううん」
「じゃあ、僕と出会う……」
「前からだよ」
「そっかぁ……」
「何だか隠してたみたいで……いつか機会があったら話そうとは思ったんだけどね。
本当の事言うと、アメリカへ行くって自分で決めておきながら、ずっと物凄い不安だったの。
その学校を出たからって、プロとしてやって行けるかの保証なんて無い訳だし、第一、私自身に才能があるかどうかも判らないわけじゃない?
T・Jが言ってた言葉、覚えてる?
『ハッピーな気分の時に出て来る歌は、耳を傾ける者にもそう伝わるもの……』私、この一言で勇気を貰えたの。
あの時、皆と歌ってて物凄く幸福な気分になれたじゃない、あの時、すごく感動して、又あんな気持ちになりたい……そう思ったんだ。
今回の事は、私からのT・Jへの恩返しでもあるし、私の音楽に対する思い入れの証にもしたいの」
「レナ……」
「何?」
「俺って、なかなかやるじゃん、て思ってる」
「どういう事?」
「レナのような女の子を好きになるなんて、男として、見る目があるぜ!てさ」
レナは僕の告白にニッコリ微笑んでくれた。
そして、
「ありがとう……」
と言って、頬にキスをしてくれた。
「じゃあ又明日、お休みね」
そう言い残して、彼女は翔るようにして自分のアパートに向かった。
頬に残った唇の柔らかい感触を僕は何時迄も思い返していた。