天国の丘

 朝から飲むビールはやたらと饒舌にさせてくれる。

 いつの間にか三本目のビールを手に持ちながら、彼との不思議な出会いを自分でも驚く位に熱っぽく語っていた。

「ボウヤ、いい人だね。けど、ウチも時間外営業を終了したいんだ。
 もし、時間があったら、今度は夜に来な。特に明日のイヴはいかしたブルースが聞けるよ」

 結局、彼の事は何も聞けず終いだったが、この店を知る事が出来た事だけで、僕は充分満足していた。



 アメリカ映画に出てきそうな古いライブハウス。

 使い込まれたピアノと磨き上げられたバーカウンター。

 物憂い気に微笑む中年女…。

 酒と煙草の紫煙。

 全てが居心地良く感じさせてくれた。

 工場と安アパートとを行き来するだけの、何の変化も無い日常。

 そこにドキドキするような刺激が加わった。

 丁度、明日のイヴは休日だ。

 マーサに必ず来ますと言って、僕はアパート迄の道を幸福な気分で帰った。





< 6 / 90 >

この作品をシェア

pagetop