天国の丘
「アンタ達、一時の思い入れだけであの人を引っ張り出そうとしないでおくれ」
「一時の思い入れだけでライヴをやろうと言ってるんじゃないの。私達、本気なんです。あれだけのミュージシャンをあのままにしておくなんて、そう思って……」
レナがいつになく熱い口調でマーサに迫った。
「アンタ達はT・J、T・Jって判ったような事を言うけど、彼の何を判ったていうのさ」
怒った姿を初めて見た。
僕もレナも、彼女の余りの剣幕に驚き、何も言い返す事が出来なかった。
その日一日、マーサは店を閉める迄の間、僕達と話しらしい話しもせず、馴染みの米兵とずっと飲んでいた。
話しは簡単に進むと思っていたのに、思わぬ所で計画に水を注されてしまった。
僕とレナは、店からの帰り道、足取りも重く歩いていた。
レナの塞ぎ込みようは、端から見ていても判る位のもので、どうにか気を紛らわしとやろうと元気付ける僕の言葉なんか丸っきり届かない様子だった。