天国の丘
程無くして戻って来ると、彼女は、手にアルトサックスを持っていた。
「ボウヤ……」
僕の目の前に差し出されたそれが、どういう物であるか、薄々感づいてはいたが、その事を自分の口から言い出すのは、さすがに憚られた。
所々錆はあるものの、きちんと手入れされてたのが素人目にも判る。
「これは、僕じゃなくてリュウヤさんが受け取る方がいいと思うんだけど……」
「一時でもあの人に音楽の楽しさを思い出させてくれたボウヤに、これを受け取って貰いたいの」
「でも、俺、まともに吹けないし……」
そう言う僕にリュウヤさんが、
「コーイチ、マーサの気持ちを受け止めてやれよ」
僕は、二度目に会った時のT・Jの言葉を思い出していた。
(……大層なもんじゃないさ。アンタ達だってちょっと幸せな気分の時に、こう、軽くハミングしたり歌ったりする事があるだろ?
そういうハッピーな時に出る歌ってのは、耳を傾ける人間にもそういうふうに伝わるってだけの事さ……)