天国の丘

 式を挙げる十日前、江木は元の愛人との別れ話しがもつれ、包丁で刺されてあっさりあの世に行ってしまった。

 次にプロポーズして来たのは、ギターを弾いていた新堂エイジ。

 今度は、どんなに言葉を掛けられても、私は首を縦に振らなかった。

 終いにはT・Jにまで、どうして奴と一緒にならないんだ、て言われる始末。

 何度もアンタからはそんな言葉を聞きたくなかった、て言いそうになった。

 この頃になって、やっと自分の気持ちに気付いたってわけ。

 大体、察しが付いたと思うけど、私はT・Jを……

 彼の事を心の何処かで慕っていた。

 この頃のT・Jは、酒とヒロポンと女に狂っていた。

 ステージの上であんなに輝いていたのに、すっかり身を持ち崩して、その輝きを失ってしまったわけだけど、私は、ずっと信じていた。

 あの人がもう一度、T・Jとして戻って来る事を……

 あの人のお骨を生まれ故郷の大地に帰す事にしたの。

 昨日迄は、お骨を故郷に帰して上げたら店に戻るつもりでいたんだけど、今朝になったら気が変わってしまった。

 何の相談もしないで済まないと思っている。





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