悪魔なあいつ
不審人物
………は?
「アク…マ……?」
私の思考は完全に停止した。悪魔って、あの。悪さとかする、悪魔?
「悪魔…ですか」
「うん」
「へえ…。え?はあ?」
悪魔なんて、いない。
この男は、何を言ってるの?
変態って、こんな言い訳するもんなの?
でも、でも。
この時私が完全に否定できなかったのは、説明の余地がない状況の所為だった。
髪を洗う前はいなかった人。突然現れた男。私はそれに、気づかなかった。
「あれ、疑わないの?」
「疑っては…いる」
「ああ、そっか。やっぱり、そうだよね」
はあ、と溜め息をつく様を、私は茫然とした様子でただ見つめた。私の頭には、この状況の打開策なんてもんは一つも浮かんでこない。どうすれば良いんだ。それはきっと、この男が発するであろう次の言葉によって、決まる。
「悪魔っていうのは、そう。空の上からやってきた、って感じの」
悪魔の説明をし出した男に、嘘だろうと思う心が薄れた。普通ここまで、しないだろう。
「えっと……僕は、さっきも言ったように悪魔で。まあ、まだ、出来損ないなんだけど」
黒装束の男は、照れたように頭を掻く。
「……嘘っぽいと思うかも知れないけど、地上には、試練のために、きてて」
自称悪魔は、小説のようなことを口にする。
「……その試練と今浴室にいることは関係あるんですか」
「いや、特に。」
「………だったら出てってください!!」
よし、言った!
男は今気づいたと言わんばかりに、「ご、ごめん」と慌ててドアから出ていった。やっと本来の状態を現した浴室で、私は安堵して、脱衣所へと向かった。