TO-KO
トーコはとても忙しい。
この屋敷のほぼ全ての雑用を彼女一人で行っているのだ。食事はラーグというコックがいるが、他は全て彼女だけでこなす。それを終えるには当然、時間がかかる。
しかし、やはり休憩というのは必要なもので。
「よしだから、トーコ。お茶だ、お茶。俺が汲んでやるから、座れ」
ニカッと爽やかに微笑んでそう言ったのは、コックのラーグ。仕方なく、瞳子はソファーに腰を下ろした。
彼とはちょうど休憩室の前で出くわしたのだ。瞳子自身は休憩をするつもりなど微塵もなかったため、無駄な時間としか思えない。
先程の休憩は必要という言葉もラーグの言葉だったりする。
はぁと一つ溜め息を吐く。
「溜め息を吐くと幸せが逃げるぜ?」
上から聞こえた声に顔を上げると、トレイに紅茶のセットを乗せたラーグが立っていた。いつの間にか、戻ってきていたようだ。
「……私(わたくし)には、逃げる幸せなど御座いません」
キッパリと言い切った。だって本当の事だから。
ラーグは肩をすくめた。
「そう堅いこというなよ。ホレ」
と目の前に紅茶が差し出される。ありがとうございますとそれを受け取り、一口飲む。
「……美味しい」
「だろ?」
ラーグは照れくさそうに笑う。
本当に美味しい。あんなに男らしい手から、こんな繊細な味が出るなんて、意外だと瞳子は思った。思わずまじまじとラーグの手を見つめる。すると、ラーグはなんか手に付いてるかと問うてきた。
「ラーグの手は魔法の手なんですね……」
と無意識に答えていた。ラーグは目が点になっていた。沈黙が広がる。
「―――お前もそんな冗談言うんだな」
「冗談なんかではありません。本当に魔法の手みたいですよ」
またもやラーグは目を点にしたが、今度はすぐに戻ってきて
「ありがとよ」
と言った。
再び照れくさそうに言うラーグに瞳子は不覚にも可愛らしいと思ってしまった。