TO-KO
ある朝のことだった。
瞳子はいつもの日課の、シオンとマチルダを起こしに行った。
「シオンさん、おはようございます」
控えめにシオンの部屋をノックをすれば、しばらく沈黙をしていた部屋から
「うーん…」と声がしてようやく起きた気配がした。
これはいつもの事であり、この声を聞けばシオンは必ず起きてくれると知っている瞳子はそのまま立ち去り、マチルダを起こしに行こうとした。
しかし、
「ああああ!!ま、待ってトーコさん!!」
と中からシオンの声が聞こえ、ドタバタと忙しい音も同時に聞こえてきた。
瞳子は何だろうと首を傾げ、体をシオンの部屋に向け直した。本当はさっさと去り、マチルダを起こしにいきたい。屋敷のすべての掃除をしている彼女はそんな時間も惜しいのである。しかし、必死に呼び止められては待つしかないではないか。瞳子は、内心ため息を吐いた。
瞳子が向き直った直後にその部屋のドアが開き、着替えを済ませたシオンが焦ったように顔を覗かせた。そして、辺りを見回し、瞳子がまだこの場を去らずにいてくれたことに安心したようで安堵の息を吐いて微笑んだ。
「良かった…。もう行っちゃったかと思いました」
「あんな切羽詰まった声で呼び止められたら、留まりますよシオンさん」
「で、ですよね…」
シオンは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「それで、何か私に御用でしょうか?」
「あ、はい…。えっと…、コレを渡したくて」
ガサゴソとポケットを探ったシオンは瞳子に何か紙らしきものを差し出した。
「これは…チケット、ですか?」
「はい。僕のリサイタルのチケットです。あのっ…良かったら、来ていただけませんか?今回のツアーはこの街のホールでもやるんです。だから是非、トーコさんにも来て欲しくて」
シオンが差し出したのは一枚の紙切れ―この街のホールで行う、彼のリサイタルのチケット―だった。