浮気女の嫁入り大作戦

 泣き顔なんて見慣れない樹は困ったように立ち尽くす。

 行き交う人々が不思議そうな顔で二人を見ているが、周りに構っている余裕などないようだ。

「奈緒、俺はね、無理に待ってろなんて言えないよ」

「どういう意味? 別れるってこと?」

 奈緒の声は情けなく震えている。

 失望のオーラは周りの人々に憑く霊たちの意識をも引き付ける。

 この雰囲気の中、インド人だけが笑顔だ。

 樹はまたしても黙ってしまった。

 その沈黙はこの場合、肯定の意味になる。

 悟った奈緒はゆっくりと樹に近付き、手に持っていた荷物を返した。

「仕事とあたし、どっちが大事? ……なんて聞きたくなかったけど……仕事を取ったのね」

「奈緒、俺っ……」

「今日は帰る。頭の中、整理したいから」

 そう言って奈緒は歩き出した。

 涙を拭い、それでも目は赤くしたまま。

 自宅の最寄り駅に着くまで、奈緒は決して眠らなかった。

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