浮気女の嫁入り大作戦

 いつもの寺の境内で、召集のことを話したときの花枝の反応はこうだった。

「……そう」

 軽く微笑み、空に浮かぶ雲に語りかけるように、軽く。

 母のように泣き崩れることを予想していた俺は、あまりにも薄い反応に、逆に困惑してしまった。

 石の階段に腰掛け沈黙している俺たちの間に、いつもより少し強い風がガザガザと割って入っているようだった。

 無言のまま視線は遠い景色を見ていると、花枝が俺の手を握った。

 恐ろしく冷たく感じた。

 季節のせいというよりは、汗だったと思う。

「かっこよくきめてきてね」

 声が震えていた。

「ああ」

「尻尾を巻いて逃げたりしたら、承知しないんだから」

「ああ」

「それから、……」

「花ちゃん」

 ぱっと花枝の手が離れ、ひやりと痛みにも似た感覚が走った。

< 81 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop