浮気女の嫁入り大作戦
ふわりと花枝の甘い香りがして、俺の顔に影がかかる。
立ち上がり段を二つ降りた彼女は、決して顔を見せることはなかった。
「じゃあ、またね」
そうして足早に階段を下り出したが、俺は引き留めることはおろか挨拶を返すこともできなかった。
ひたすら歯を食い縛り、花枝の後ろ姿を眺めた。
花枝には未来がある。
俺にはない。
花枝はこれから何十年と生きるというのに、もう死んでしまう俺に縛り付けてはいけない。
悔しいが、これが運命というもの。
丈夫な体を持った男児に生まれたのが運の尽きだったのか。
誇らしかったことさえ、その時は憎らしく思った。
花枝が階段を下りいつものように左に曲がったのを見送って、俺は寺の裏の林で久々に昔のように暴れまわった。
足を擦りむいたし手に木のささくれが刺さったし、学生服はみるみる白く汚れていった。
しかしもう、花枝が汚れをはらうことはない。