いちご塾・更紗の課題作品
慌てて耳を押さえて、声の方に体を向ける。
どんなチャラ男かと思って見上げてみて、私は拍子抜けしてしまった。
そこには品の良いコートに身を包んだ、サラリーマン風の男の人が立っていた。
「驚かせてすみません。独り言が耳に入ってきたもので。」
うそ!
わたし、頭の中口に出しちゃってた?
「話しだけでも聞いてみませんか。」
そう言って、彼は長身を屈めて私の顔を覗き込んできた。
その瞳を見て、ドキリとした。
優しそうな声で穏やかに微笑んでいるのに、その人の目は、全然笑っていなかった。
「AVとかは、無理です。」
安く見られたくなくて、真っ直ぐ目を見返して出来るだけ強く言った。
「大丈夫です。そんなのじゃあないですよ。」
まるで子供に言い聞かすように、その人が言う。
「じゃあ…なんですか?」
笑みを深くして彼は囁くように言った。
目はやっぱり、笑っていない。
「愛人契約です。」
私は持っていたカバンを落としそうになって、慌てて指に力を入れた。
「あ、愛人て…あなたの?」
「いえ。僕ではありません。ある大企業の社長のです。」
にっこり笑っているのに冷たく凍ったような彼の瞳から、目が離せなかった。
もしかしたらこの時すでに、私はこの氷の瞳に捕らわれていたのかもしれない。