ありがとう・・・カイン

「あなた・・、死ぬの?死にたいんだね?。早く死ぬところを見せてよ。」

荏原はその男の子の言葉にビクッとし、足を踏み外しそうになった。

ここはビルの屋上、そして柵の外である。風こそ吹いていないが、ご丁寧に荏原は、既に靴を脱ぎ・・・、しかし靴の先は空ではなく、内を向いていた。

時間は夜9時を回っていて人影は全くない。
星はでていないが、その代わりに月が一層映えて見える。

この場所は、三十階建ての高層ビル。オフィスビルである。
・・ここから落ちれば当然即死は免れない。

その男の子は、荏原の気付かぬうちに荏原の横に座っていたのだ。

「な、何を言い出すんだ!危ないじゃないか!」

荏原は動揺して落ちそうになり、慌てて柵にしがみついた。

「あなた、死ぬんだよね?危ないも何もないじゃないか」

「ば、馬鹿にすんな!私は自分の意志で今まで動いてきたんだ」

荏原は、力ない震えた声で叫んだ。

<本人>は叫んだつもりだったというのが正しいだろう。

「まったく、人間てやつは・・」

荏原は男の子の顔を見た。
その行動はこの世に少しでも存在していたい<助けて><俺のことを分かって>ということを表していた。

「き、君は何て名前なんだ?最後なんだ。名前くらい教えてくれたっていいだろう?」

男の子はクスッと笑い答えた。
死ぬ間際に名前を聞いてもしかたのないことだろう、と。

…まったく、人間てやつは。

「まあ、いいけどさ。僕は、カイン。あなたの知らない世界からきたんだ。人間で言うと、身なりは小学5年生くらいだよね。だけど、君の何倍も人間て奴を見てきたよ。」

「・・カイン。何倍?」

「で、あなたは何か言い残すことはあるかい?」

カインはニヤリと荏原を見る。
カチンときた荏原は、強がってカインを睨んだ。

「私は、人生に満足した。」

「・・全く。・・人間てやつは」

カインはクスッと笑った。

「満足ね・・・。じゃあ、君のここ最近の人生とやらを見てみるかい?」
< 2 / 12 >

この作品をシェア

pagetop