ただ あなただけ・・・
妃奈は急いで顔洗い、化粧を済ませた。
五十嵐はすでに上着を羽織っており、ソファーに座っていた。
「すみません。お待たせしました・・・」
テーブルに置いてあったバックを見ると、携帯が光っていた。きっと涼子からだろう。昨夜から一度も携帯を見ていなかったのがいけなかった。
妃奈は携帯を開くと、すぐにメールを返し、顔をあげると五十嵐はドアを開けて待っていた。
上着を掴み、小走りで駆け寄った。すると、携帯が小刻みに震えた。涼子からにしては返事が早いと思い、画面を見た。
そこには『聡志』と出ていた。
――今は出たくない――
携帯を閉じ、バックに押し込んだ。鳴りつづける振動。いっこうに止まない。
部屋を出てエレベーターに乗りこんでも鳴りつづけた。バックを抱え、振動が五十嵐に聞こえないようにした。
ちらりと彼を見たが、まっすぐ扉を見つめていた。
一体このホテルは何階あるのだろう、なかなか一階に着かない。
そもそも、あの部屋は一泊いくらするだろう。テレビや雑誌ではとんでもない値段だった。
そうこう考えていると、チンと鳴った。扉が開くと、五十嵐が妃奈の手を引いた。
「そろそろ出てやれ。用があるかも知れないだろう」
「・・・!五十嵐さん――?!」
五十嵐はそういうと、ロビーのソファーに座った。きっと待っていてくれるのだろう。
妃奈はバックから携帯を取り出すと、人気のない階段にいった。