SOUND・BOND
今まで音楽には興味もなく、学校のクラス団体で歌う時ですら適当に口ずさんでいた程度だ。
人前で、しかも一人で歌うなんてことは薫季には考えられなかった。それに――
「ボーカルならいるだろ?俺が歌うわけにはいかない」
折角いい感じにやれているバンドをかき回すようなマネはしたくない。もちろん自分が歌なんか歌えるとも思ってはいないが……。
そんな薫季の気持ちを知っているはずなのに、秋司は何かを狙うように薄く笑みを溢した。
彼は明らかに何かを考えている。それを確実に実行しようとしているのだ。
あまり強引なことはするなよと言い聞かせてはみたが、薫季の言葉は、「大丈夫だ」「信じろ」のふた言で片付けられてしまった。
その日、学校が終わってから薫季は秋司に連れられてカラオケボックスに入った。もちろんこんな所に来るのも初めてで最初は戸惑った。それに加え、まだ自分が歌うことに迷いもあったのだ。
あのバンドにはちゃんとボーカルがいる。自分が出る場はない。それに歌なんて真面目に歌ったことも無いのに――
いろいろ考えている目の前に、急にマイクが差し出された。秋司が歌ってみろと当てた曲は、テレビなんかでよく流れているメジャーな曲だった。
画面に大きく映し出されたタイトルが消え、綺麗な景色の映像が流れながら下の方には歌詞が映し出される。そして前奏が終わり、歌い出しと共に歌詞の文字色が流れるように変わっていく。
歌い出そうとしない薫季を追い立てるでもなく秋司は黙って目を伏せていた。愛想を尽(ツ)かしてしまったのだろうかと不安になる。でも、いくら有名で人気のある曲だからといって、薫季は全て聴いたことがあるわけではなかった。だから歌い出しなんて知るはずもない。
唯一知っているとすれば、嫌でも耳にしたサビの部分。
(まさか、待ってる……?)