SOUND・BOND
秋司は薫季がサビしか知らないことも承知しているのだ。
そして、1番の中盤辺りに差し掛かった時、テレビで良く聴いたフレーズが流れ出した。
視線を一瞬斜め横に座る秋司に向けると、彼は今もずっと目を閉じたまま一言も喋らずにいる。
そんな彼から素早く視線を画面に戻すと、曲は今にもサビに入ろうとしていた。
ここまで来たら歌うしかない。
(これで駄目ならきっぱり諦めるさ!)
こんな所までついて来たのは、心の何処かでバンドをやりたくて堪らない強い気持ちがあったからだ。それを否定することだけは出来ない。
薫季は曲に合わせてリズムを刻む。あのライブの時のように自然と体が動き出す。マイクを握る手にも力がこもり、それをそのまま口元に持っていった。そして、言葉が口から溢れ出す。
正直自分でも驚いた。普段普通に喋る声や学校で歌う合唱、どの声ともマイクを通して広がる自分の声は全く違って聞こえたのだ。もちろん薫季の声は薫季の声だ。違って聞こえたのは声の響き方や感じ方。
マイクのせい……いや、これは本気で歌うか歌わないかの差だ。
そう分かってからは夢中だった。この曲のサビは全て完璧に歌い切ったと思う。サビだけだというのは少し寂しいが、薫季の中で自信が湧いてきたのは間違いなかった。