イネ
世の中の正月ムードもおさまりはじめ、銀座も仕事始めの会社員があいさつ回りで忙しそうに飛び交っていた。銀座7丁目の角で、イネは一条と待ち合わせをして、新しい大手自動車メーカーにむかった。「緊張します。」
「大丈夫だよ。仕事はハッタリが半分だ。手慣れた感じで、堂々と私についていればいい。」「・・・はい。」一条金弥は頼もしく、凛とした姿勢で、会社に入っていった。ついていくのが、精一杯だが、イネはとっても幸せだった。以前の会社の倍の人数の朝礼で一条があいさつをする。「本日付けで、代表取締役の大任を拝しました、一条金弥ともうします。全社員と同じ気持ち、同じ動きで会社をもりあげてまいりますのでよろしくおねがいいたします。私が代表になりましたからには前期のうちに・・・・・・・・・最後に、こちらにいる女性が私の秘書となります田島イネです。何かありましたら、私がつかまらないときは、彼女に伝えてください。」・・・落ち着いて、落ち着いて・・・ハッタリが肝心っていってたもの・・「た、田島、田島イネです。よろしくおねがいします。」・・・精一杯の挨拶だった。
 そんな、たどたどしいイネも、一条の豪腕に必死でついていった。会社は半年で1年分の目標を達成し、一条の言ったとおり、日本を代表する企業となった。朝は、あらゆる階級の人との商談から、夜は深夜まで毎晩銀座のクラブや料亭で接待が続く。長屋育ちのイ
ネには想像を絶する豪遊接待であった。
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