恋の説明書
煮物を口の中に放り込み、じとっと冷たい視線を送る。
「おかえり、くらい言えないのかよ」
五十嵐伊織は、つまんなそうに呟いた。
「思ってもないこと言えるわけないじゃん」
「こら、棗なんてこと言うの!」
そんな、あたしにお母さんは口を挟む。
五十嵐伊織は、いいんですなんて言ってる。
あたしと二人っきりだったら睨まれるに決まってる。
昔から散々睨まれてきたから分かる。
あたしより、5つも年上なのに大人気ないやつだった。
顔がいいからって、周りからはもてはやされていて性格は最悪で
あたしの嫌なことばっかする嫌なやつだった。
とにかく、あたしはこの男のことが大嫌いだったんだ。
なのに、11年も経って戻ってくるなんて。
それに、こんなに月日が経ってるんだから覚えてる筈はない。
「本社から、こっちに転勤になったんだ」
食べ終えたのか、箸を置いて話し出した五十嵐伊織。
「ふ~ん」
あたしはというと、箸と口を動かしたまま話を聞くことにした。
お兄ちゃんと同じ会社だったらしく、五十嵐伊織は東京にある本社で働いてお兄ちゃんは支社のある地元で働いていた。
五十嵐伊織が引越してから連絡取っていなかったけど就職の面接会場で再開していたらしい。
そして、本社から移動になり11年振りに地元に戻ってきたのだという。
「おまえ、彼氏できたことないんだってな」
ニヤニヤと、おもしろそうに笑みを浮かべる。
「うるさいな!あんたに関係ないでしょ」
「そうなのよ、この子ったらゲームばっかしててね」
そこでお母さんが口を挟む。
「俺もフリーだし、付き合う?」
ふざけ半分というか、ふざけて五十嵐伊織は言う。
ふざけてなくて、相手がコイツじゃなかったら嬉しいのに。