前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
嗚呼、風邪の時に襲ってくる寒気とは別の意味で体が震えてきた。
これは身の危険を感じる悪寒だ、悪寒。
「逃げる必要などないぞ?」
ジリジリ詰め寄ってくる肉食動物に、あ、違った。
鈴理先輩に、俺は何度も首を横に振ってグラサン男の背中に身を隠す。
「空さま、盾にされるのはちょっと」
グラサン男は戸惑っているみたいだけど構ってられない。
熱で弱り切っているにも関わらず、先輩が押せ押せ攻め攻めしてくるんだぜ。誰だって逃げるって!
先輩は先輩でグラサン男に退くよう命令している。
「お、お嬢さま」
それは如何なものかと、グラサン男は勇気を持って先輩に意見した。俺に味方してくれた。
だけど鈴理先輩は笑顔を崩さずに、グッと握り拳を見せる。ググッと力を込めながら親指を立て、その指を下に向けた。
ま、間違ってもお嬢さまがする行為じゃない! しちゃならないだろ、そのお行儀悪い行為!
途端にグラサン男は背に隠れている俺を引っ張り出して、「どうぞ」鈴理先輩に捧げた。
残りのグラサン男二人もどうぞどうぞって俺を捧げて、自分の身の安全を確保する。
裏切り早いなおい。
「つっかまえた」
鈴理先輩が俺の腕を掴んで、ズルズル布団の方へ引きずる。
「え、遠慮するします!」
俺はその腕を振り払おうと躍起になるわけだけど、相手は女性であるからして、彼女であるからして、強くは振り切れない。
熱もあるし、体に力が入らない。
そんなこんなしている内に布団の上に放られて、鈴理先輩が濡れタオル片手に迫ってきた。
遠慮なく寝巻きのシャツと下着のシャツを一緒にたくし上げてくる。
ま、不味い!
俺は先輩に全力ストップをかけた。
「この期に及んで」
諦めてしまえ。先輩の呆れ顔にもめげず、俺は逃げ道を考えた。熱のある頭で素早く考えた。
出た言葉が。
「ひ、人がいるっす! お、俺、先輩以外の前で脱ぐのはちょっと!」
ちーん……ヤッちまった。
先輩“以外”の前で脱ぐのはちょっと、って、おまっ……そりゃ女子が言いそうな台詞。
別に上半身を脱ぐ分には男の前であっても構わない、のに、今の台詞はアリエナイ。
本当に立場だけじゃなく男のあるべき姿が失われつつある。
俺は完全に女子化しちまっている。