前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
09. サバイバル中盤(嗚呼、眩暈が)
「――申し訳ございませぬ。この竹光、早とちりで新人と彼氏様をお間違えしてしまうとはっ! 本当に申し訳ございませぬ! いやはや、その誠実そうなナリから、ついついうっかりと間違えてしまい」
それってつまり、あれだろ。
誠実という褒め言葉は一応口にはしてくれているけど、裏を返せば「え。お嬢様の彼氏にはちょい見えなくね? 寧ろ働きに来たんだろ?」と言いたいんだろう? そう見えるんだろう?
すんませんね、そういうオーラムンムンで。
気持ちはスンゲェ分かりますよ。
俺も多少はそういうオーラを醸し出している自覚はあるんで、気持ちはすこぶる分かります。
でも、最初に名前と用件くらいは聞こうよ、竹光さん。
ちっとも人の話を聞こうとしなかったでしょう。
心中で溜息。
面では苦笑いを零す俺は、「大丈夫っす」もう気にしていないから、そう言って謝罪会見をお開きにさせようとする。
が、しかし、その前にベッドに腰掛けている俺の右横で俺の淹れた茶を飲んでいる鈴理先輩が「この大馬鹿者め!」悪態を付いて一気飲み。
荒々しくカップをトレイに置いて捲くし立て始めた。
「客人を使いの新人と間違えた挙句、投げ飛ばす馬鹿が何処にいる! しかもあろうことか、あたしの前で!
あんたは柔道の免許皆伝を持っているのだぞ。もしも空に大怪我などさせたらご両親になんと詫びればよいのだ! 幸い、打ち身のみで済んだが……もしものことがあったと思うと」
「せ、先輩。大袈裟っすよ。俺もすぐに用件を言わなかったのが悪かったんですし」
「竹光のことだ。聞く耳も持たず急かしたのだろう」
あ、図星。
竹光さんのフォローのしようがなくなった。
とにもかくにも先輩の機嫌を回復させようと躍起になる。
折角、遊びに来たんだ。
心配を掛けたことはごめんなさいだけど、楽しいことは今からだよ今から。
時間だって、俺が此処に来てからそうは経ってないんだし、これも楽しい思い出の一つになったって事でいいと思うんだ。
ぶすくれている鈴理先輩に綻んだ後、
「俺も勉強になりました」
竹光さんに愛のある指導をどうもっと頭を下げる。
「言葉遣いも、もう少し……丁寧にしようと思うっす。じゃね、思います」
「いえいえいえいえいえ! それは召使に対しての御指導でしてっ、使いでも何でもない空さまは直さなくても宜しゅうございます!
竹光は恥ずかしい限りですじゃ。初対面の空さまに名も用件も聞かず、花壇の花植えをさせたり、荷物運びをさせたり、食器を洗わせたり。働かせた分の時給はこちらで支給するのでご安心を」
「大したことはしていません。二日間お世話になるんっす……ゴッホン、なるのですから、あれくらい当然かと。あ、そうだ。これ、両親からなんですけど……お煎餅、宜しければ食べて下さい」
俺は晶子さんが持って来てくれた自分の荷物の中から、缶に入った煎餅を竹光さん、それから言葉自身を先輩に贈る。
流石に召使さん達ひっくるめた全員分は無いけど、鈴理先輩のご家族分くらいはあると思う。
口に合うかどうかは置いといて……要は気持ちだろ。な?
「気遣わなくとも良かったのに」
先輩には苦笑されて、竹光さんには「お優しい方にわしはなんてことをっ!」なんだか知らないけどもっと罪悪感を煽ってしまったらしい。
再三再四頭を下げられた。
本当にもう気にしていないんだけど。
こうして長々と謝罪会見を開いていてもしょうがない。
俺は話題を変えるために、
「すみませんけど飲み物を頂けますか?」
有り触れた話を切り出す。
本当に喉が渇いていたりするんだ。
あんなドタバタ騒動があった後だ。水分補給だってしたくなる。
すぐに用意するとベテラン執事になる竹光さんは、ご丁寧に俺と先輩に会釈をし、傍にいた晶子さんと一緒に先輩の部屋から出て行った。
お茶と共にお菓子も用意してくれるとか。
そこまで気遣ってくれなくてもいいんだけど、相手の厚意だ。有り難く頂戴しよう。