前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
「早く落ちればいいさ。あたしのところまで、な。そしたらあたしも」
あたしも、の後に続く言葉は俺の口内に消えた。
先輩は何を言おうとしてくれたんだろう?
後頭部に回している手のしなやかさ。
ゆっくりとベッドシーツ縫い付けられる体。
窓から聞こえてくる木々のさざめき。
すべてがキスというスキンシップ行為を彩るための装飾品のよう。
束縛された腕を持ち上げて、器用に首にそれを通すと両手で彼女の後頭部に手を回す。
目を閉じて音無く唇を重ねてくる彼女に対し、俺はぼんやりと瞼を持ち上げたまま、密着してくる彼女の体を引き寄せる。
彼女の胸が体に当たる、とか男なら誰でも思うような雑念を抱きつつ、俺は先輩にリードの手綱を手渡した。
俺みたいな受け身男がリードできたらそりゃあ苦労しないしさ、先輩は攻めたいと願望を持った女性だから、丁度いいだろ。
まったく逆ポジションな俺等だけど、異質かもしれないけど、傍から見たら「えー」な光景かもしれけど、でも、本人達が納得しているならそれでいい。
最近そう思えてきたよ。
男を捨てるつもりは毛頭無いけどさ。
「空」
「先輩」
呼び合う声が合図となる。キスが深くなった。
いつの前にか閉じていた瞼を持ち上げれば、彼女と視線が合う。
愛おしそうに目で笑ってくる彼女は、解放どころかキスを深くしてくるばかり。先輩に満足してもらいたいと思ったとはいえ、この執拗なキスはちょい辛いかも。
俺も健全な男だから、所謂息子さんが反応しないわけじゃない。
嗚呼、でも満足してもらいたいと言ったのは、ねだったのは、誰でもない俺だ。解放は遠い。
酸素が少なくなる。
回していた手を彼女の首筋に移動させ、相手にしがみ付いた。
そっと唇を舐めて離れていく彼女との距離は数センチ。
「む、足りないな」
肩を上下に動かして荒呼吸をする俺は我儘あたし様の呟きを聞き、「もっと」おねだりをした。
自分の首を絞めたのは百も承知。
けれど健全(だよな、キスは)に済ませたいから俺は相手を捉えて、そっと綻ぶ。
「鈴理お嬢様。キス、ちょーだい」
オーケー、オーケー。
シチュエーションとコスプレはクリアだろこれ。
パターン化とマンネリ化も発散しただろこれ。
むちゃくちゃ頑張っている方だぞ、俺。
情熱的なキスを貪るように繰り返し、繰り返し、くりかえし。
唇が腫れるんじゃないかと懸念するほど交し合い、疚しい手はいつの間にか肌着の下に忍び込み、彼女は俺に触れ、俺は彼女に翻弄され、ようやく本当の意味で解放してもらえる。
ベッドにくたっと沈んでしまう。
濡れた唇を舐め、そっと視線を持ち上げる。
先輩がちろっと赤い舌を垣間見せた。愛しむように見つめてくる。艶めかしい姿だ。
そんな彼女に俺は尋ねた。
「満足しましたか? お嬢様」
誰か俺を褒めて。ここまでサービスした俺を褒めてやって!
一笑する鈴理先輩は、「ちっとも」欲求不満は継続中だと愉快犯のように口角をつり上げてくる。
彼女が身じろぐことにより、ギシッとベッドスプリングが軋んだ。