前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―


「空?」


隣に座る先輩に凭れて、俺は目を閉じた。


「意地でも勉強に勝ちます」


そして成績を維持する。お金の有無で成績を下げてたまるか。

だって奨学生を剥奪されたら、もう先輩といられないから。


俺の宣誓に先輩は微笑を零すと、頭を撫でてきた。


「あんたみたいに、環境さえ跳ね飛ばす力、あたしも欲しいよ。あんたみたいに強くなりたいものだ」

「俺はそんなに強くないっすよ。強くなんかない。結構内面では卑屈になってばっかだ」


「人間とはそんなものだ。あたしだって……卑屈になってばかりだ。普通の家庭に生まれたかった、とかな」


そっか、先輩もそういう風に思う事があるんだ。


令嬢の本音にちょっとだけ安堵した。

誰にだってそういう面がある、卑屈な面がある、共鳴できるって安心できるじゃんか。な?


俺は先輩の肩口に顔を埋めて、ただ彼女のぬくもりを感じることにした。


混乱した分、人肌が恋しいのかもしれない。


彼女なら許してくれるだろうって高を括って、大胆な行動に出たけど、案の定、優しい彼女は俺の甘えを受け入れてくれる。


「先輩はあったかいっすね。それに、優しい匂いがする」

「誘っているのか?」

「空気を読んで下さいよ。今、めっちゃイイムードっすよ」


「わざとだわざと。あたしだって今は、そんな気になれないさ。こんなにも空があたしと近いのだから――空もあったかいな」


ゆっくりと這い伝ってくる先輩の左の手が、やがて俺の右の手を捕まえてしっかりと結んでくる。


結び返した俺は、瞼を下ろしたまま彼女のぬくもり、優しい匂い、窓辺から差し込んでくる夕陽の暖に風のさざめきを一心に感じていた。


不思議と鼓動は速まっていくし、体温も上昇している。


それでも手を解く気にはなれない。

あったかい先輩の手もまた、俺と同じように体温が上昇していると、気付いてしまったのだから。



嗚呼、いっぱいだ。



「空、夕陽が綺麗だぞ」


瞼の裏に感じる夕陽の眩しさもいっぱいなら、胸を占めている彼女もまた俺の中でいっぱいだ。


ようやく瞼を持ち上げた俺の視界はオレンジでいっぱい。


そして流し目にして見つめる先にいる、彼女の横顔も、彼女の柔和な綻びも、彼女自身も、俺の中でいっぱいだ。


「本当に赤く染まって綺麗だな。なあ、空」
 

俺の中で先輩がいて当たり前の世界になっている。


先輩のいる世界できっと、色付き始めているんだ。


「本当に綺麗っす、綺麗っすね」


その色付き始めている世界が何よりも、俺の中で綺麗だと感じ始めている。


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