前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
だけど階段の上り下りに支障が出るほどのものではなかったんだ。
上る時は普通に上れるし、下る時だって手摺を掴んでいれば駆け足で下ることが出来る。
手摺が無い時はちょい歩調が遅くなるけど、支障は出なかったんだ。
なのにここ数日。
手の平を返したように俺の高所恐怖症は酷くなった。
原因は分からない。
ただ階段を下ることが極端に怖くなってしまったんだ。
あの急斜面を見るだけで眩暈がするほどなんだから、なかなかの重症。
うーん、どうしたものだろう。
「これまで以上に窓に近付くことも怖くなって……自分の家の窓さえすっげぇ怖いんっすよ。動悸がやばくなるというか」
俺の悩みを聞きつつ、先輩はダシ巻きを口に運んで咀嚼。
嚥下した後、
「心当たりは本当に無いのか?」
質問を飛ばしてきた。
首を横に振る俺は全然原因が見当たらないのだと吐露する。
「親衛隊との一件で体育館倉庫から落ちた時だって、こんな風には酷くはならなかったんです。情緒不安手時期に入ったんっすかね、俺」
それしか原因が見当たらないのだけれど。
深く溜息をつく俺に先輩はちょいとダンマリ、でもってそっと口を開く。
「いつ頃からだ?」
これまた質問が飛んできた。
言い辛いけど、正直に「先輩とのお泊り会後の話っす」と返答。
「あ、でもべつに先輩とのお泊まり会が原因だとは思いません。多分俺のメンタルが弱ってる時期に差し掛かってるんっすよ」
「鈴理が情事の最中、テメェにトラウマでも植え付けたんじゃね?」
皮肉った第三者の声。
顔を上げれば俺の隣に大雅先輩が立っていた。
失礼しますも何も言わず俺の隣を陣取ってくる大雅先輩は、割り箸を割ってカツ丼を掬い取っている。
機嫌が急降下したのは鈴理先輩。
「なんであんたが此処に来るんだ。余所で食え、余所で」
あたし様の御命令に大雅先輩はフンッと鼻を鳴らした。
「俺が何処で食おうとカンケーねぇだろ? それに豊福は俺とダチになって下さいって頼んできたんだ。一緒に食ってやらんと、先輩の面子が立たないだろ。な?」
ナニ、そのいかにも俺が大雅先輩を尊敬しているような口振り。
相変わらずの俺様っぷりに引き攣り笑いする俺は、「そうっすね」メンドクサイことにならないよう相槌を打つことにした。
限りなく棒読みだったけど、俺の努力は認めて欲しい。