前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
取り敢えず俺が住んでいた家まで向かうことにする。
何度かご近所であろう人に声を掛けて道を尋ねながら、俺はゆっくりとした歩調で過去の思い出を掴むために歩き続けた。
暫くすると、なんとなく懐かしい一軒家を目の当たりにする。
築三十年は過ぎているだろうその一軒家の前で立ち止まり、マジマジと観察。
重箱の隅を突くような思い出が蘇ってきた。
そういえば、俺、この家を通って母さんとスーパーまで買い物に行っていたな。
此処の家の金木犀の匂いがすっげぇ好きで。
母さんにせがんで暫く立ち止まってもらったっけ。
意外とチビだった記憶も残っているもんなんだな。
俺は微笑を零して、止めていた足を動かし始める。
曲がりくねった歩道を通り過ぎ、坂道を下り、無造作にアスファルトに植えられた外灯の雑木林を横切り、俺は真っ直ぐに真っ直ぐに目的地を目指す。
25分ほど歩いた頃、俺は一軒の三階建アパート前で足を止めた。
わりとお洒落な塗装をしているアパートは西洋風だな。
住所によると、俺は此処に住んでいたらしい。
うーん、こんなアパートに住んでたっけ?
もっと古かったような記憶があるんだけど。
頬を掻いて佇んでいること5分。
二階に住んでらっしゃるのであろう住民さんが一階に下りてきた。朗らかな表情をしたおばちゃんだ。
彼女は買い物に行くみたいで、駐輪場に爪先が向いている。
けど俺を不審者、もしくは困り人だと思ったのか「こんにちは」と声を掛けてきた。
なるべくは不審者だと思われたくない。
俺は笑みを浮かべてこんにちは、と返す。
「何かお困りですか」
おばちゃんは茶封筒を持った俺を迷子だと思ったらしい。
迷子じゃないんだけど、まあ、尋ねられたら親切に返さないと。
親切心で俺に声を掛けてきてくれているんだから。
「その、俺。昔此処に住んでいて、ちょっと訊ねてみようと。あ、ちなみに此処であってますよね? この住所」
「ええ、間違いないです。此処の……あら、豊福由梨絵って」
「あ。俺の母の名前ですけど」
するとおばちゃん、「まあじゃあ貴方。空ちゃん?」素っ頓狂な声音を出された。
びっくりしつつも肯定。
おばちゃんは「まあまあ大きくなったわね」と、主婦ならではの会話を始める。