前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
「仰るとおりです。俺は思い出していますし、高所恐怖症の原因も知っています」
原因が分かちまったからこそ、高所恐怖症を早く治さないと。じゃないと周囲に迷惑や心配掛けるから。
矢継ぎ早に喋る俺は、
「ま。どうにかなるっすよ」
いつかは治してみせると決意表明。
たっぷりと間を置いて、彼女は言葉を紡ぐ。
「平然な振りはあたしの前では通じないぞ?」
今度こそ目の前が真っ白になりそうだった。
なんでこの人は暴かれたくない俺の感情まで暴こうとするんだよ。
やめてくれよ、俺は平気なんだって。平気でいたいんだって。
嗚呼、肉食お嬢様の見透かす目がマジ怖い。
「平然としようとするから」
彼女のその先の言葉を聞きたくなくって、
「もう黙って下さい!」
八つ当たり交じりに怒鳴りつけちまった。
心配してくれる先輩を怒鳴りつけちまった。
それでも馬鹿な俺は気が治まらないから、「知っていたなら」声音を震わせる。
「なんでっ、なんでっ、俺に教えてくれなかったんっすかっ。今まで知らない振りをしていたなら、なんで最後まで知らない振りを……してくれないんっすか。最後まで嘘を貫き通して下さいよ! ……お願いです、今のやり取り会話、全部忘れて下さい。俺もっ、俺も忘れますから」
今ならまだ、何も無かったことにできる。忘れて欲しい。
俺のためにも、先輩のためにも、今のやり取り会話はすべて、すべて忘れて欲しい。平然にまだ振舞えるから。
「忘れない。空、忘れて逃げようとするなんて卑怯だ」
真っ直ぐ俺を捕らえる彼女は、そう、のたまった。
卑怯ってなんっすか、そっちだって俺の高所恐怖症のことダンマリだったくせに。
同情っすか、好きだと言っておいて、実は同情で一緒にいてくれたんっすか。
だったらそれこそ、えげつない嘘だ(違う彼女は嘘なんてついていない。ついているのは、俺だ)。
本当は彼女の気持ちを分かっているくせに、受け止めているくせに、知っているくせに口が動いてしまう。
「見損ないました」
俺は暴言を吐いて逃げるように駆け出す。
彼女の呼び止めが聞こえたのに、それさえ無視して校舎を飛び出した。