前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
なんで、あれからずっと俺を探してくれていたのか。
習い事はどうしたんっすか。七時からでしょ。
目を白黒させている俺の心情を読み取った先輩が、あんなものはどうでもいいと吐き捨てる。
「大事なことが片付いていないのに、能天気に習い事などいけるか?」
どや顔を作る彼女は、「さてと」野外プレイでもするかと周囲をぐるりと一瞥。誰もいないことを十二分に確認してから早速俺の制服にっ、た、た、タンマっす!
「な、何考えているっすかぁあ! お外であらやだぁなんて俺は認めません」
「なるほど、では室内あらやだぁなら良いのだな?」
いや、そういう問題でもねぇっす。
上体を起こそうとする俺の肩を押して、先輩はもう逃がさないと口端をつり上げる。
さっきのやり取りに思うことはないのかな。俺は随分暴言を吐いたのに。
もしかして考えを改まって忘れてくれる振りをしてくれているのかな。
だったら俺も振りをしたいんだけど。
でも察しの良い先輩は繰り返した。「さっきのことは忘れない」と。
ああ、じゃあやっぱりあのやり取りを踏まえて、俺を追い駆けてきてくれたのか? ……気まずい。
「なんで来たっすか。俺、あんなこと言ったのに」
「まったくだ。あたしに対する暴言はセックスで償えよ。ああ、五倍セックスで頼む」
……なんだろう、反省した俺が馬鹿をみていないでもない。
気を取り直して俺は突っ返す。ほっとけばいいじゃないか、と。
あんなに自己嫌悪していたっつーのに、性懲りもなく俺は相手を突っ返す。
先輩が家族関連のことで重大な事を知っていたから、彼女にちょっと怖じているのかもしれない。
「残念」
先輩は表情を崩さない。
「放っておくことが優しさなら、生憎あたしにはできそうにない。あたしはそこまでお人好しじゃないんでね」
「っ、ほんっと優しくないっすね。放っておいてくれたら、ちょっとは、ちょっとは」
「ちょっとは演じる余裕ができるか? そんな虚勢がいつまでも通じるわけじゃない。
空、あたしはそんな空を見たいわけじゃない。日に日に限度が近付いている、それさえ気付かず無理して体調を崩している。
あんた自身も望んじゃいないんだ。そういう平然とする振りなんて。
思うことがあるのだろう?
なにより、何故あんたはあたしにその心を触れさせてくれないんだ? あんたから言ったんだ、あたしの心に触れたいと。
じゃあ当然、あたしも触って良い筈だ。拒否権なんて無い。そうだろう?
いいさ、暴言を吐きたければ吐けばいい。
嘆こうが喚こうが罵ろうが、あたしはあんたの心に触れる。触れてみせる。
でもってその怒りや嘆きや苦しみは、あたしにぶつければいいさ。それさえあたしのものだ。
ん? 傷付くのが怖くないかって顔しているな。怖いに決まっているではないか。
だがそれ以上に、あんたが傷付いている姿を見る方があたしは辛い。
嫌われようと、あたしはあんたの心に触れるさ。
これは同情じゃない。あたしの欲情だ。
まあ、あんたはあたしを嫌えないだろうがな。あたしが嫌わないと言うんだ。あんたはあたしを嫌えない」
逸らすことを赦さないとばかりに、しっかりと頬を包んでくる。
本当に心に触れてきそうな眼光から逃げるため、必死にもがくんだけど相手は微動だにしない。
じゃあ目を閉じて逃げるんだけど、「空」優しく名前を呼ばれて瞼を持ち上げてしまう。
嗚呼、先輩は逃げ場をどんどん塞いでくる。
「やっぱ嫌なんっす。家族のことっ、触れないで下さい。耐えられなくなる。俺のためにも、両親のためにもっ、触らないで下さい」
一度崩れたら最後、気丈に振舞える自信がない。
だけど先輩はそれこそ嫌だと一笑を零した。なんで、俺の気持ち察してくれないんっすか。