前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
「そして秋に入った頃だ。
毎日欠かさず図書館に通っていた空がその日は見受けられなかった。
とうとう飽きて場所を移動したか、そう思っていたのだが、あたしが館外に出ると憎き中学生を見つける。
空は答案片手に茜空の下、つくねんとベンチに腰掛けていた。
何をしているんだろう、もしかしてテストで悪い点でも取ったのか?
性悪なことを思ってあんたを観察していたら、空は疲れ切ったように独り言を漏らしたんだ。
『働いた方がいいのかな。受験は金が掛かる……父さん母さんの負担になっちまう。今の俺じゃあの学校に入れても、普通に入れるだけ。特待生になれない。もう、いいかな。努力することに疲れちまった』
言うや手元の答案用紙を破き、それを丸め込んでしまう。
まるで自嘲するように、もういいのだと自分に言い聞かせる空の横顔は切なかった。今にも消えそうな姿だった。
『卒業したら働こう。いいんだ、どうせ塾生には勝てない』
程なくして空はベンチから立ち上がり、答案用紙を近場のゴミ箱に投げる。入ることなく
、地面に転がったというのに空は見向きもせず、図書館の敷地を出ていく。
腹立たしい男だったが、毎日のように通っていたことは知っていた。
そんなに点数が悪かったのか、あたしは点数を見るべく破かれた答案を拾い、中身を広げる。
『数学89点……これじゃダメなのか』
なかなかに良い点数だというのに、あの中学生は働くと口走っていた。何故、これでは駄目なのか、あたしは怒り以外の好奇心が初めてあんたに向いた。
翌日から空は求人誌を持って現れるようになる。
図書館の片隅で、勉強もせず、熱心に求人誌と睨めっこ。
中卒じゃ正社員の道ですら難しいというのに、空は真面目に求人誌を見ている。
それが一週間も続くのだから、あたしは本当に勉強を投げたのかと憂慮を抱いた。
変だな、空の存在を気にするばかりにいつの間にか心配するようになってしまったんだ」