前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―



「これがあたしがあんたと出逢い、恋に落ちたまでの経緯だ。なんてことのない始まりだが、あたしにはかけがえのない思い出だ。
空、あんたの自力で環境をどうにかする直向きさに、あたしは惚れてしまったんだ。落とされたとはまさにこのことを言う」


「先輩」


「空は弱くない。恐怖を抱いてもいい。前を見てみろ。下ではなく、前を見るんだ。あんたの名前のように、広い世界が待っている。怖いなら、あたしがこうして手を握っておくさ」


先輩の恋愛談を聞き、べた褒めしてくれた手前、もう怖いから外の景色を見るなんて出来ない、とか言えない。


意を決して恐る恐る前を見る。恐怖心が出た。

悲鳴を上げそうになる俺の手を握り、彼女は「前を見ろ」再三再四強要。


頑張って前を見つめる。

そこに広がっていたのは、久しぶりに見る高所の広い世界。


散りばめられた人工ネオンが高層ビルやマンションのあちらこちらで発光し、夜の街を魅せている。小さな街並みが瞬いていた。


あの中で人間が暮らしているなんて嘘のよう。


「綺麗っす」


ポツリと俺は吐露して、先輩の見ていた世界に感銘を受けた。

赤、青、緑、色とりどりの人工ネオンはまるで星のようだ。


満目いっぱいの広い世界、地上では見ることのできない広がった視野、大きなおおきな光景。


ああそうだ、俺もこんな広い世界が大好きだった。

高所から見える広い世界が好きだった。


忘れていた、この気持ち。


高所恐怖症という黒い恐怖で塗り潰されてしまった、この高揚感を俺は今の今まで忘れていた。


眩い世界に震えながら、俺はぎこちなく笑って吐露する。


「とても……とても綺麗っす。俺はいつもこの世界を見ずに怖いと……言っていたなんて……勿体無いっすね」
 

高所は今もやっぱり怖いけれど、現在進行形で怖いけれど、でもこの世界を見る勇気を掴んだ気がした。


先輩が手を握ってくれているおかげなのかな。

「まだ遅くはないさ」

先輩は凛と澄んだ声音で答を返す。


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