前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
前触れもなしに教卓が持ち上げられた。
それに背を預けていた俺はころんと後ろへと転がり、窮屈な空間から広い空間へ。
薄暗い場所にいたせいか、外界に放られた拍子に目が眩んでしまう。
「空、みーつけた」
この場合、にやり、という言葉が擬音語としては適切だろう。
目を白黒にさせていた俺はおずおずと視線を持ち上げる。
口角をきゅっとつり上げて、こっちを見下ろしてくる女子生徒がひとり。
彼女こそ、先程盛大な自己紹介をしていた竹之内鈴理先輩。
天然のウェーブがかった濃い茶のセミロングヘアに整った細い眉。
ふっくらした桃色の唇に、二重のぱっちりおめめ。
程よく括れた腰と、実った胸のバランスがなんとも男心をくすぐる。
しまるところはきゅっとしまり、括れるところはきゅっと括れているだなんて女性の目から見れば羨ましい限りの体型。
一目見るだけで心奪われる容姿端麗な顔立ちをしている。
一言で片付けるならば超絶美人だ。
世間の男性諸君ならば大絶賛、女性諸君ならば大嫉妬するであろうダイナマイトな美貌とスタイルを持っている彼女は、どことなく庶民とは異なった神々しい空気を醸し出している。
現れたご令嬢に、平民豊福空は愛想笑いの引き攣り笑い。
「ど……もっす」
上手く笑えているかな? 俺。
令嬢に爽やかな挨拶を試みたけれど、それとは程遠いものとなってしまった。
完全に腰が引けた状態は俺の心境を切に表している。
今の俺は令嬢の出現に“怯”えている。
「やーれやれなのだよ」
鈴理先輩は持っていた教卓を真横に置くと、その手を伸ばして制服の首根っこを掴んできた。
びくびくとしている獲物に有無言わせず、ズルズルと体を引き摺って教室を後にする。
獲物のこと俺、豊福空はクラスメイトに注目を向けられ、羞恥心を噛み締めていた。
ハンティングに成功した(俺は逃走に失敗した)異様な光景は廊下でも大注目である。
嗚呼、恥ずかしいやら、これから身に降りかかるであろう事に恐怖やら。
是非ぜひ逃げたいのだけれど、しっかり制服の首根っこを掴んでくれている令嬢様から逃げられる気がしない。
事実、捕獲されたら逃げ出す隙すら与えてもらえないんだ。
つまり、捕まったら最後、潔く諦めるしかないのである。人生、諦めが肝心なのである。