前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―
(父さん母さん。助けて)
泣きたい気持ちを抑えながらズルズル……ズルズル……先輩に引き摺られていると頭上から浅い溜息が聞こえた。
おずおずと視線を持ち上げると、令嬢様が不満げに見下ろしてくる。
「まったく。あんたという男は非常に手間の掛かる人間だな。
あんたはあたしの所有物なのだから、昼休みは何があろうとあたしの下に来る。何度、命令をさせる気なのだ」
高飛車口調はいつものこと。
何故ならこの人は生粋の俺様、いや、あたし様なんだ。
人を所有物呼ばわりするところが、まさしくあたし様っぽい。
「それとも、物覚えの悪い頭には体で教え込むべきか? あたしはいっこうに構わないぞ。寧ろ、あんたがあたしの下で鳴いてくれるのならば、喜んで躾を施そう」
アウチ、今日も始まった不謹慎発言!
血相を変え、右に左に首を振った俺は恐れ多くもあたし様に反論した。
「先輩、今はお昼ですよ。そういうお話は公共の場ではNGっす!」
「周りの目を気にしている場合か? ふふっ、今日あたりヤッても良いんだぞ?」
うをおおいっ! 俺、貞操の危機!
目がマジだよ。
可愛らしく笑声をもらしているけれど、本気と書いてマジになっているよ鈴理先輩っ!
「え、ええ……遠慮します。俺、帰ってオベンキョウしないと」
「あんたに拒否権はない。あんたのすべてはあたしが決める。なんなら、此処で泣かしてもいい。あんたの息子を受け入れる準備はいつでも「お馬鹿あぁあああああああ!」
美人のお嬢様がそんなことを言うもんじゃありません!
仮にも貴方は女性ですよ、鈴理先輩! ご両親泣きますよ!
嗚呼、犯罪めいた台詞が恐いっ!(だって本当に犯罪を起こしそうだから)
うふふっと笑いながら、キラッと笑顔を見せてくる先輩が恐い!(悪魔のような不敵な笑顔なんだよ……真面目に恐い)
大体、彼女が吐いた台詞って、普通さ。イケメン俺様が可愛いぽにゃほわ天然娘に向かって吐く台詞だろ?!
テレビっ子の俺は知っているんだ。
イケメン俺様がドジっ子娘に、「お前は俺のものだ」と、ジャイアニズムを含めたお決まり台詞を言って相手を翻弄させるシチュエーションを。
言われた彼女はタジタジになりながらも、ほっぺをリンゴのように赤く染めて「うん」と頷く。
ほらみろ、王道恋愛の極みだろ? 少女漫画ではテンプレだろ?
女の子なら多分、誰しもが経験したいこの展開を、まさか、まさか俺が経験する羽目になるとは!
経験して嬉しいか?
……そうね、貞操の危機をお迎えていなかったのならば、多少は少女のような気持ちを抱いていたかもしれない。
少年の俺には想像もつかない、甘酸っぱい気持ちを抱いていたかもしれない。