素直になれない
軽く頭を下げて言う。
下げた瞬間、春の陽気な風が髪の毛を揺らし、七海はどうしてかこの風に身を委ねたいと思った。
陽光も大地にさんさんと降り注ぎ、確かな命を恵んでいる。
心地良い。
しかしこの沈黙は心臓に良いものではない。
いくら何でも青年からの返答が遅すぎるのだ。
不信に思い七海は顔を上げた。
だが顔を上げたとき既に目の前は蛻の殻で、苛立ちと焦燥感がない交ぜになった心境の七海は、溜め息を吐いてからとりあえず学校への道のりを急いだ。
人が感謝してるのに、さっさと行くなんて。
学校の門をくぐりながら七海は毒を吐いた。
同じ学校という確証はあるから次に会ったら一言言ってやろうと七海は意気込んだ。
桜は満開…とまではいかないが七分咲きだ。
短い命を終えた花弁がはらはらと落ちて地面に桃色の絨毯を作っていた。
平和だ、と思う。
ついさっき起きた事は置いといて、平穏で幸せな日々だ。
それは七海にとってこれからも続いていく、否、続いて欲しい願いだ。
4月、こうして空を仰いだ日を七海は忘れないだろう。
そして先刻の奇妙な出逢いも。