素直になれない
いや、過ぎ去ろうとした。
突然襲ってきた痛みに七海は眉間に皺を寄せる。
今はひしひしと痛みを訴える右腕に視線を向ける。
七海は男に二の腕を鷲掴みにされていて、身動きがとれなかった。
俯き気味だった顔を上げ男の顔を見据えた。
七海の腕を取っていた男は三人の中で一際派手な男で、七海と視線を合わせた瞬間、厭らしく唇を歪めた。
「お姉さんよお。人の顔じろじろ見るのは不躾なんじゃねぇの?」
言って男は掴んでいた腕を一旦解放し、素早く七海の肩に回した。
眩暈がした。
男が口を開き動いた瞬間、鼻腔をつく異臭。
鳥肌がたつ程に強烈なアルコールの臭いに吐き出しそうになったのを、七海は意地で食い止めた。
それから鋭い視線で男を見据え、しっかりと拒絶の言葉を放った。
「離してもらえますか」
あくまでも丁寧な物言いは崩さない。
こういう類の人間は自尊心を傷付けられた瞬間に豹変すると心得ていたからだ。
「学校に遅刻してしまうと怒られてしまうので」
肩に掛かっている腕を当て付けるように凝視して言う。
これで引かなかったら、その時は行動を起こそう。
ぐっと拳に力を入れた。しかし。