素直になれない
それにここは街中だ。
周りの目というものも存在している。
次第に周りにギャラリーが増えていることに男は気がついていないようだ。
いくら朝の忙しい通勤ラッシュといっても、男らの行動は人の目には『良くないもの』として映っているのだろう。
男達を見るものが蔑ろな視線へと変わっていく。
「随分な物言いが出来るのも学生のうちなんで。最大限に利用しない手はないだろ?」
負けじと青年が反撃する。
男はこれを鼻で笑い、それから青年にこう告げた。
「せっかくたぶらかす良い標的を見つけたのにお前のせいで興ざめだ。――おい、帰るぞ」
先刻の虚勢は一体どこへ行ったのやら。
あまりに簡単に手を引いた男らに七海は瞠目する。
これほどまでにあっさり引くのなら自分一人でも何とか出来たかもしれない。
今ではその考えさえ、後の祭りではあるが。
男が放った後半の言葉に取り巻きはただ頷くことしか出来ず、あっという間に男達は去っていった。
それと同時にギャラリーから吐かれる安堵の吐息と小さな呟き。
けれども次第にそれらは薄れていき、やがてその場には七海と青年のみとなった。