なまけ神
「ん」、と声が漏れる。
彼が起きたようだ。

彼は重い扉が開くように上半身を起こすと、コシのない猫っ毛から瞳を覗かせた。

「どうかしたんですか」

彼が言った。
その鈴が鳴ったような声に、僕はいつも息を呑んでいた。独特の雰囲気にやられる。

「彼女……、安藤美樹さんのことなんだが……」

「そう」

彼は目線を反らして、猫っ毛をわしゃわしゃと掻いた。

「彼女になにがあったのか教えてくれないか? 神戸さんは僕が来る前から彼女のことを知っていたんでしょう?」

彼女はきっと話してはくれない。頼りはこの人しかいない。

彼が口を開くまで、すこし間が空いた。

「誤解があるようだけど、彼女が俺の家に来たのは、あなたがこの家に来た五日前。彼女のこと、俺は以前から知っていたわけではないんですよ」

「え」思わずすっとんきょんな声が出た。

美樹さんは神戸さんと繋がりがあるのではないのか? だから、身寄りを求めて知り合いの神戸さんの元に来たのだと思っていた。

僕の推測は虚像だったのか?

「彼女は三週間前、コンビニに座っていたんだ」

神戸はゆっくりと話始めた。僕がこの家に来る前、つまり、僕の知らない五日間の話だ。

「正しくはコンビニのドアの前。不良の溜まり場から少し距離を取るように、飲み物の缶を片手に座ってた。
俺はその姿を昨日も見た気がして、その女の子に声をかけました。


「風邪、ひくよ」
彼女の正面に立って、後ろの人が写真に収まるように気を使うかのように腰を屈める。

彼女はちらりとこちらを盗み見たかと思うと、
「もう、ひいてます」
とそっぽを向いた。

彼女のツンと尖った鼻が、ほっといてくれ、とでも言いたげだ。

うーん、どうしたものか。

彼女も放っておいて欲しそうだし、なんとも、帰って見たいテレビ番組があるのだ。

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