禁煙する倭ノ宮桔梗と泣き出さない〝たたりもっけ〟
頬がこけていて、少し猫背気味の男性でした。灰色の背広が、やたらにアンニュイな雰囲気を醸し出しています。険のある瞳が、私を捉えました。

「……どちらさまで」

「こちら、雑誌記者の方。ともきのことで、」

「……帰ってくれ」

ぞ、としました。言われなくともでしたが、途端に、私の胃が萎縮しました。これ以上、ここにいちゃいけない。この家族に関わっちゃいけない。奥さんも奥さんなら、旦那さんも旦那さんでした。

なにかに取り憑かれているような、人間の裏面が見え隠れする、境界。

普通の人なら、見たくも聞きたくも、ましてや踏み込みたくもない世界の片鱗がそこにあるようで、怖くなりました。

「お、お邪魔しました」

手にしてたクッキーを落としそうになって、慌ててバッグにしまい、旦那さんの横を抜けました。

靴を履くのにもたついていると、廊下を一歩ずつ踏み締めながら、旦那さんがやって来ます。なぜでしょう。彼が、包丁を持っているような気がするのは。
だん! と、彼の手が私の背後から、玄関を叩きました。私は、背後から彼と玄関に挟まれてしまいました。

(殺される)

理由なんてありません。そう思ってしまった私に、

「もう来ないほうがいい」

耳元で、旦那さんは告げました。

かわいそうなくらい、切ない声で。

「妻はおかしい。……無関係な君まで巻き込みたくはない」

「あの、それって、」

「もう来るな」

それから、玄関が開けられ、私は押し出されてしまいました。

あ、と言う暇もなく、背後でドアが閉まり、鍵がかかり、チェーンロックまでされました。

すっかり外は暗く、ずっと向こうからずっとあちらへ、街灯の白が続いていました。



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