禁煙する倭ノ宮桔梗と泣き出さない〝たたりもっけ〟




「ただいまあ」

という言葉を、まさか香蘭さんではなく私が、倭ノ宮駄菓子店で言うとは思いませんでした。

土屋家をあとにした私は、どっと疲れていました。足に鉄の輪がくっついて、そこから繋がっている長い長い鎖で鉄球でも引きずっている気分でした。だというのに、家に帰ろうという気にはなれず、むしろ、ひとりになるのが怖くさえありました。たぶん、土屋夫人の柔和すぎる笑みが脳裏に浮かんでは消え浮かんでは消え、しているからでしょう。今はなるべく、だれかと一緒にいたかった。それでどうして、倭ノ宮駄菓子店に足が向かったのかは、わかりません。無意識の選択でした。

「お、戻ったの」

待っていたような口振りで、桔梗さんが言いました。太宰治を意識した例の頬杖で、流し目を送ってきます。

「どうだったかの、土屋家は」

「……あんまり、思い出したくありません」

「収穫はなかったかの?」

「あったにはありましたよ? いろいろ話も聞いて来巻いた。でも、だいたい今までの事件と似たような証言でしたから、知っていることを確認したぐらいで、」

「ほ、ほ、わかっとらんのぅ」

「はい?」
< 54 / 92 >

この作品をシェア

pagetop