禁煙する倭ノ宮桔梗と泣き出さない〝たたりもっけ〟
「……辻井さんや」

「あ、はい」

「香蘭には使いを頼むからのぅ、ほれ、手」

「ど……どうも」

さっきは邪魔くさいと言ったくせに。けれど、掴んだ手は輪郭も骨もしっかりしていて、なにより、きちんとした体温の通っているものでした。香蘭さんの袖を掴んでいた時よりも内心落ち着けている自分には、あえて知らんぷりです。

店に戻った香蘭さんを待たずして、桔梗さんは歩き始めました。それに手を引かれて、ついていきます。行き先は最初からわかっていますから、不安もなく引かれていきます。そう、不安もなく。不思議と。まったくドキドキしないのです。いい意味でも、悪い意味でも。桔梗さんは異性なのですから、手を握って歩くことに、多少なりと私の乙女心が反応していいはずなのに、それもなしです。しかも、香蘭さんの袖を掴んでいた時とは、安心感が違いました。

思い出してみれば……彼は店主として、なんの役にも立ちません。なぜ彼が店を営んでいるのか、いられるのか謎でした。けれど、時々、彼がいない店は、まるで生気が抜けたようにがらんとするのです。ただ、そこにいる。それだけでも、意味がある。倭ノ宮桔梗さんの存在感は、癪ですが、半端ありません。

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