禁煙する倭ノ宮桔梗と泣き出さない〝たたりもっけ〟


桔梗さんのシガチョコが、折れました。

たったそれだけです。

が、なぜかたったそれだけのことで私は、今から五分間、声を出してはいけないと思いました。

なぜって……時間が止まっているからです。

桔梗さんの手が、口元でシガチョコを折った位置のまま、固まっています。視線も。髪の毛も。あまつさえ、砕けたシガチョコの細かな欠片が、空中で。

(耳……痛い)

かすかに流動している空気さえも止まってしまったようで、こめかみの辺りをきりきり刺すような、まっさらな沈黙がこの場を……いいえ、桔梗さんの言葉を借りてこれが『夢』だとするのならば、おそらく世界を、時間を、止めてしまっていました。

なにがどうなっているとか、そんなことを考えている暇はありません。声を出してはいけない『夢』は五分しかないのです。

意を決し、私は土屋家へ踏み出しました。鍵は……ふふ、さすがは『夢』です。開いています。お邪魔しますを言わないのは礼儀に反しますが、許してください。
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