水滴

夏になって思い出すのは、専門学生のあの日。

太陽がじりじりと自分を焼いた。
こげちゃいそう。
そう思った。あの時は自覚は無かったけれど生きてるって全身で感じた瞬間だったんだろう。

寮の部屋の扉。
私にとって、それは開ける事の難しい鉛の扉。

憂鬱と言う名前の鉛。
ゴミ出しをするためにはその鉛を動かさなければいけなかった。

廊下に出るといったん戻り、また出て戻り。
下の階に行くのに随分苦労した。何故って、皆私を知っていて噂話をするから。
悪口を言うから。

皆に嫌われてた。

寮母寮夫は私を心配したのか、寮生の集まりに誘ってくれた。
行くのがおっくうだった。
嫌われ者の私が行ってどうなる。

専門学校でついに私は友達はゼロになった。

少人数の学科で、私は授業にさえついていけず独りぼっちになった。

学校の階段をのぼるのが苦しくなっていった。
憂鬱で下しか向かない、陰気でつまらない人間になっていった。

夜は眠れず、キッチンで体育座りをしていた。
少しでも外の音を消したくて、独りになりたくて換気扇を常に回していた。

近くに倉庫の様なものが有り、夜中はそこで文句を言いながら作業をする人の声が聞こえてきた。
昼間は上司と思われる人がしかりつける声。

ふと、今になって不思議に思う。
寮の近くにそんなもの有っただろうか。
有ったとしても声がそんなにはっきり聞こえるだろうか。

うるさい隣の部屋の子は実在してただろうが、その倉庫の住人はもしかしたら妄想だったのだろうか。

いくらなんでも夜中に作業なんかしないだろう。

夏の思い出はその太陽とベランダから覗いた浴衣姿の行列位だ。

私はその寮に半年しか居られなかった。

あえて居なかったとは言わない。
私は学校に行かなくなり、部屋から出なくなり、ある日自分を消す決意をした。

選択肢は無かった。
周りの大切なものをこれ以上傷つけて欲しくなかった。

馬鹿だなぁ。
素直に大切に感じるものなんてとうに持ってなくて、傷つきたくなくなって疲れたと言い訳すれば何倍もましだったのに。

私は学校の学科担任に救助されたらしい。
部屋に入る許可を出したのは、母だった。
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