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のびしろ
〜のびしろ〜


日が暮れた誰もいない教室は、昼間には感じることのできない神聖な雰囲気を醸し出す。タカギはそんな空気にならうように、黙って制服に着替え始めている。身体が大きくなることを踏まえ、一回り大きいサイズでオーダーした制服であったが、若干窮屈そうに見える。

「ケンジ、着替えないの?」
タカギは、学ランの襟元にあるホックまでキッチリと止める。その首元は締め付けられているように見えるが、本人はそれほど気になっていないようである。

「俺はもう少し練習していくよ」

ケンジはそういうと、気の抜けたコーラを一気に飲み干し、片手で缶を握り潰した。

「ケンジ、サッカー部を本当に退部するの?」

あぁ、ケンジはそう返事を返すと、下ろしていたストッキングを少しばかり上げた。

「でもこのチームからケンジが抜けたら、誰がゲームメーキングをするのさ?確かにイライラするのはわかるよ。ケンジがいくら絶好のパスを出しても、誰一人点を決めてない」

いつになくタカギは真剣だった。その生真面目な性格は、典型的なディフェンス向きのプレーヤーである。背の高いプレーヤーは、大抵ボールを扱う技術が低い。だが、身長が186センチもあるタカギは、空中戦に絶大な強さを誇る一方、チーム内では1、2を争うほどボールを扱うのが上手い。それらの要素が揃っているタカギが、1年でありながらキャプテンのデカと共に守備の要となるのは必然である。

「点が取れないことだけが問題じゃない」

タカギと事の核心を話す時、ケンジは言葉を選びながら慎重に進めていく。それは面倒でも疲労を感じるでもないが、ほどよい緊張を感じる。

「他に何か不満があるの?どんなとこにフラストレーションを感じる?」

タカギの眼差しが、ケンジの緊張感を助長する。

「1人1人のプレーに満足できないのは確かだ。ただ1番の問題は、自分達の欠点に気付いていないことだ」

タカギはすでに帰りの身仕度が済んでいるようだが、改めて座席に腰を下ろした。

「アドバイスとしてケンジから伝えてあげてみては?」

「伝える?それは無理だ。例え俺が伝えたところで、それは言葉として耳に入るだけ。そこには思考というモノが発生しない」
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