蜜林檎 *Ⅰ*
樹と別れて、家に着いた
杏は、玄関に座り込んだ
まま動けないでいた。

今になって
緊張が押し寄せてくる。

憧れの人とあんな風に普通
に会話を交わす事ができた
自分自身に驚いていた。

樹の笑顔、ハンドルを握る手
運転する眼差しの細かい動作
のひとつひとつを

ゆっくりと思い出しながら
ボーっとしている杏に
エプロンで手を拭きながら
百合が声をかけた。

「アン、帰って来てたの
 どうしたの、貧血?」
 
「ううん、何でも無いよ
 大丈夫、ただいま・・・」

ボーっとしたまま
靴を脱ぎ、食卓を通り
自分の部屋へと向かう杏。

「ごはんの用意するから
 荷物置いたら
 すぐ、おいでね」

「うん、ありがとう」
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