蜜林檎 *Ⅰ*
憧れの人を目の前にして杏は
何も言えずに、ただ立ち尽く
していた。
 
感激で胸がいっぱいになり
瞳には涙が溢れ

その涙で樹の姿がぼやけていく
中、彼だけを見つめていた。

樹は、ポケットに手を入れ
くしゃくしゃのチケットを
一枚取り出す。

「はい、これ、あげる・・・
 
 あなたにあげる」

緊張で、ガチガチの
杏の手をとりチケットを
握らせてくれた。

そのチケットをギュッと
握り締めているだけが
やっとの杏

御礼を言う事もできないでいた

彼は微笑んだ後、会場の方へと
向かう。

今、御礼を言わなくては・・・
その後ろ姿に、大きな声で叫ぶ

「ありがとうございます」

樹は振り返り、微笑んだ後に
一度だけ手を振る。
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