蜜林檎 *Ⅰ*
こんなにも
どうしようもない程に
樹の事が好きなのに

杏は、彼の手を取ることが
できない。

「当分は、仕事で時間が
 とれないけど
 また、必ず連絡するから」

「はい・・・」

車を降りて歩道に立ち
不安気な表情で樹を見つめて
杏は、手を振る。
 
寂しさを堪(こら)えて
微笑んでみせる杏の、今にも
泣き出しそうな表情を見た樹は
咄嗟にエンジンを止め
車を降り、歩道に立つ
杏の手を取って、自分の方へ
と力強く引いた。
 
そして、大きな胸に杏を
抱きしめ、優しく頭を撫でる。
 
その胸に頬を寄せて、杏は囁く

「さっきの言葉は忘れて・・・
 私を彼女に・・・」

樹は、杏の唇をすばやく
強引に奪う。
 
驚く杏だったが、ゆっくりと
瞼を閉じた。

激しいキスは

優しいキスに変わる。
 
彼のキスは

甘く、蜜の味がした。
 
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